江戸暦の読み方
2010.2.6つづいて中央のさらに下、暦の真ん中の部分を見て見ましょう。

上から、天赦日、天一天上、八せん(八専)、きのへね(甲子)、かうしん(庚申)と見出しがあって、すぐ下に各月の日付が並んでいます。
これは何かというと、どれも六十干支と陰陽五行に基づく吉凶判断の考え方で、例えば今日われわれが大安や仏滅、友引など六曜で日の良し悪しを判断する風習があるのと同様、江戸の人々は物事を行うための日を選ぶ目安としてこうした六十干支を用いていました。
それぞれどういう意味かについては以下の通りです。
天赦日
万事によい日を示しています。
中国の協紀弁方書に基づく考え方で、十干の始めの「甲」と真ん中の「戊」、春秋の始めの「寅申」と冬夏の真ん中の「子午」の組み合わせにより、春は戊寅、秋は戊申、夏は甲午、冬は甲子の日が吉日になり、この日は「万事を為すに障りなし」といわれ、たとえ他の凶日と重なったとしても、「天赦の威力によって障りなし」になるのだとか。
天一天上
方角がらみの吉日を表しています。
天一とは天一神という方位神のことです。
源氏物語の帚木巻で、源氏が宮中から帰る際、その方角を天一神(なかがみ)が塞いでいるため、方違えをして紀伊の守の家に滞在し、そこで空蝉と出会う、という場面がありますね。
このように天一神は、金神と並んで凶事をもたらす方角を表すもので、しかも困ったことにこの神は一定期間ごとに移動するため、いまどの方角にいるのかを常に把握しておかないと、知らずにその方角で災難に遭ったりしてしまうわけです。
ただ、この神さまは常に地上にいるわけではなくて、定期的に地上と天上を行き来していて、六十日のうち癸巳の日から戊申の日までの十六日間は天上、己酉の日になるとまた地上に戻って来て、次の癸巳までの四十四日間、地上に留まるといわれています。
「天一天上」とは、天一神が地上を去って天上に昇るその癸巳の日のことを指していて、この日から十六日間だけは天一神が不在なので、方位の心配をしなくても安心に過ごせる、というわけなんです。
八専
良くない日を表しています。
六十干支の最後の十二日間にあたる壬子から癸亥までのうち、癸丑、丙辰、戊午、壬戌を除いた八日は、十干の五行と十二支の五行が同気となる「専一」で、この八日を「八専」として注意しなければならないそうです。
壬子、癸丑、甲寅、乙卯、丙辰、丁巳、戊午、己未、庚申、辛酉、壬戌、癸亥。
赤字が八専で、暦に書かれている日付けは八専が始まる最初の日を示しています。
甲子
縁起のよい日を示しています。
甲子は六十干支の最初ということで、物事の始まりにつながるとして縁起のよいことと考えられたのです。
また、子→ネズミ(大黒天の使い)から、この日は大黒天のお祭り(甲子祭)の日でもあります。
庚申
庚申とは十干の「庚(かのえ)」と十二支の「申(さる)」の組み合わせで、いまでも地方に行くと各地に「庚申塚」というのが残っていたりしますが、これは江戸時代から続く民間信仰と深く関わりがあります。
庚申信仰によると、庚申の日には人間の体内にいるとされる三尸虫という虫が、人間が寝ている間に天に昇って天帝にその人の悪事を告げるとされており、そのためこの日は寝ないようにして夜通し猿田彦命(さるたひこのみこと)や青面金剛を祀って一夜を明かす、という風習です。
というわけで、江戸時代の人々にとって庚申の日は大切な日で、それがいつなのかを暦で必ず確認しなければならなかったわけです。



