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江戸暦の読み方

2010.2.6

続いて月の大小。これは問題ないですね。

両サイドに大きく「大の月」と「小の月」が並べられています。
慶応四年のこの年は、二、三、五、八、十、十一が大の月。
それ以外が小の月ですが、この年は閏月が入って四月が二回あります。
一、四、閏四、六、七、九、十二が小の月。

大の月、小の月について詳しくは「旧暦入門:一ヶ月は29日か30日」を、
閏月については「旧暦入門:一年が13ヶ月の年がある!?」をご覧ください。

月の数字以外にも何やら細かい文字でいろいろ書かれていますね。
昔の文字ではちょっと見づらいと思いますので、現代の文字に直してみます。

こんな感じになります。
それぞれの月の両側に書かれた「せつ」「中」「げし」「とうじ」「小かん」「大かん」というのは、どれも二十四節気に関する用語です。
二十四節気とは、一年をまず冬至、夏至、春分、秋分で春夏秋冬の四つに等分し、さらにそれぞれの季節について六等分した二十四の季節の単位のことをいいます。

立春(正月節) 立秋(七月節)
雨水(正月中) 処暑(七月中)
啓蟄(二月節) 白露(八月節)
春分(二月中) 秋分(八月中)
清明(三月節) 寒露(九月節)
穀雨(三月中) 霜降(九月中)
立夏(四月節) 立冬(十月節)
小満(四月中) 小雪(十月中)
芒種(五月節) 大雪(十一月節)
夏至(五月中) 冬至(十一月中)
小暑(六月節) 小寒(十二月節)
大暑(六月中) 大寒(十二月中)

表にあるように、各月の前半を節気(節)、後半を中気(中)といいます。
暦に「せつ」「中」と書かれているのは、この節気、中気に入る日付のことを指しています。

唯一、閏月の四月だけは「中」の日が書かれていませんが、これはなぜかというと、暦の計算上のルールで「中気のない日に閏月を置く」と決められているからです。

ルールといえばもうひとつ、慶応四年のこの暦には「節分」が正月と十二月の二ヶ所に書かれていますが、旧暦ではこの年のように閏月のある年、つまり閏年には必ず「節分が二回、その翌年は節分なし」となります。
もっともこれはルールというより、暦の計算上必ずそうなる、と言った方が正しいかもしれません。
節分はもともと、「大寒から十五日目、立春の前日」というルールなのですが、計算上、立春が一月に来る場合と十二月に来る場合の二通りのパターンがあります。
十二月に来る場合は「年内立春」と言ったりしますが、要するに「閏年に節分二回」というのは、まず一月に立春が来て、その次の立春がひと足早く年末の十二月にも来る(だから翌年は節分なし)ということです。

その他、げし(夏至)、とうじ(冬至)、小かん(小寒)、大かん(大寒)については、特に説明は必要ありませんね。

さて、各月の下に「朔」の字と十二支が書かれていますが、これは何かといいますと、まず朔とは毎月の第一日のことで、その横に記された干支はその月の一日の干支を表しています。
今日では「今年の干支は…」とかいうように、干支は「年」の単位にしか用いませんが、かつては年、月、日それぞれに干支(正確には六十干支)を使っていたのです。
この暦では月の干支が書かれていませんが、これは月の干支については毎年不変で、1月が寅、2月が卯、3月が辰…と必ず決まっていたため、特に明記する必要がなかったためです。
ですから、たとえばこの慶応四年の四月一日の場合だと、「辰年の、巳の月の、卯の日」となります。